義太郎くんとともに

三毛猫ホームズの推理




3話が終わりました。

このドラマをどんなテンションでみればイイのかがわからない私に、

土曜ドラマって、家族で楽しくみればいいのよ。
お酒でも飲みながら、つっこみながら、わいわい観ればいいのよ。
じゃなかったら、家事をしながら、観る感じでいいのよ。

そんなアドバイスをもらった。
でも、私には、それはできない。
相葉ちゃんの作品を、そんな風にみることはできない。

主演作品なんて、そうそうあるものではないから、
台詞の一言も、映像の一秒も大切にしたい。

だから、こだわってしまう。
それが、物語上のこととわかっていても、
ありえない設定には、ついていけなくなる。

義太郎くんの、あのふがいなさは何だぁぁぁぁぁ???
つって。


義太郎くんの、
そこここで出てくる刑事としてあるまじき行為とか、
一般的な大人として、はぁ?って思うような発言とか、
ヒトを信じるにもほどがあるだろう的なところとか・・・
そもそも、人として未熟すぎる。

3話にいたっては、
自ら考えることもしていないし、
これじゃ、のび太とドラえもんにしかみえないじゃないか!
もう、イライラ感が募るばかり。


多くの恐怖症を持っている義太郎くん。
だが、本来、恐怖症と、「人間的な未熟・弱さ」とは、
違うものではないのか???
そこを、混同しているようにみえてしかたがない。
あのベストセラーの主人公をこんなキャラにしてしまって、
大丈夫なのかと心配になったりさえする。

「ダメな部分とカッコイイ部分を演じ分けたい」
と言っていたのに、
「ダメな所しかなかった」
と驚いていた相葉ちゃん。

視聴者だって驚いている。

何をみせたいのか?
ミステリー???
コメディー???
義太郎くんの成長物語???
謎解きドラマではなく、ドラマが謎。(←こら!)






一方で、
それが、演技とわかっていても、
いっぱいいっぱいに追い詰められている相葉ちゃんをみているのはつらい。
すいませんを連発する相葉ちゃんをみてるのはつらい。
オドオドしている相葉ちゃんはみたくない。

こんな、
ダメを通り越して、情けない主人公が、
相葉くんに似ているなどと言われるのは、
もう聞くに堪えない。

が・しかし・・・
そんな風に感じるのは、
相葉ちゃんの、ダメダメの義太郎くんの役作りが、
成功しているからに他ならない。
ここ、重要。





ドラマをするということは、こうゆーことなんだろう。

脚本、演出が、自分の好みにぴったりなときもあれば、
ん?のときもある。
そんなことは、今までさんざん学んできているはず。

そして、たとえどんな脚本、演出であっても、
相葉ちゃんの役者としての力量が問われるのだ。
それが、主演というもの。


これまで相葉ちゃんの演じた役は、
意外と辛い思いを背負った役が多かった。
それでも、決して辛いだけの物語ではなかったはず。
きっと、今回も最終回を迎えるころは、
相葉ちゃんが演じる義太郎くんは、
脚本、演出を超えた義太郎くんになっているんじゃないかな。

「限界を感じたときが始まりだぞ、義太郎!」
って、心の中で言いながら、
義太郎くんを演じている気がするから。




義太郎くんとともに、
ジタバタしながら、いっぱいいっぱいになりながら、
観ていきたいと思う。

by emerald-arashi | 2012-04-30 16:37